どんぶりこぼればなし


 第二十二回  「こんな方がおられました Part T」

 ワールドカップが終わって一ヶ月がたちました。
 ご承知のように優勝はPK戦までもつれ込んだ上でイタリアに軍配が上がりました。
 2位はフランス3位はドイツ4位がポルトガルという結果でした。

 しかし、なんといっても決勝戦のジダンの頭突き…これは驚きでした。
 引退を決めていた試合で、しかもワールドカップ優勝の可能性を残した段階でのあの行動はどうしても解りません。
 彼のキャリアの最後に自分で泥を塗るなんてどうしても解りません。
 男として「誇り」を守るために解っていてもやらなきゃいけなかったのだとしか思えません。

 ヨーロッパのサッカーでは、試合中の汚い言葉は当たり前なんて言われていますが、
 スポーツの世界大会で変な野次や暴言はどうあっても謹んで欲しいものだと思います。
 日本代表はオシムジャパンとして、既に再出発しました。
 初戦のトリニダードトバコ戦で、召集されたメンバーはかなり若返り、変わりました。
 海外組や召集できないJリーグのチームがあり余計にそう感じるのかもしれませんが、
 オシムは4年先を見ているんだろうな〜と思います。

 野球に目を移すと、我がドラゴンズが「首位」を走っています。
 2位のタイガースに5.5ゲーム差をつけています。ここ数試合を見ても、
 1点差ゲームを着実に勝ってきています。このまま、優勝に突き進んで欲しいと思っています。

 そうそう、週末に久しぶりにJリーグ見に行きます。
 サンガ対ガンバ戦です。新生サンガ?がどんな戦いをするのか、
 J1サバイバルレースに勝ち残れそうか、しっかりと見てきますね。

  

 さて、前々回のどんぶりで、在宅に帰れるのか、帰せるのか、
 帰していいのかと激論を交わした患者様が亡くなりました。
 胃癌の末期の患者様で、痙攣が起こったり、出血や急変の危険性もあったため、
 ご家族にそのように説明したら「とても最期まで在宅では看られないので、変化があったら、
 直ぐに再入院をさせたい」との結論でした。そこで、良い状態の間だけ在宅で過ごして頂こうと、
 再入院を前提に退院することになったのです。

 そもそも今回の入院は、胃の癌が脳に転移して脳の圧力が上昇し、
 それに伴う悪心や嘔吐、ふらつきが原因でした。症状はステロイドやグリセオールといった
 脳圧を下げる薬剤が効いて「一時的に症状がおさまっている」のだということも皆が承知していました。
 その効果が一時的で、早晩症状の再発、コントロール不能となるであろうことも…。
 しかしご家族としては、たとえ一時でも良い、良い時間を在宅で過ごしたいという希望があったのです。

 しかし、症状が再発して苦しい思いをしたり、痙攣や出血等の手におえない状況が出現したら
 「入院」という選択をするとおっしゃいました。
 在宅生活を始めて約2週間で、既にそういう兆候が現れました。
 下肢の筋力低下が急速に進みました。
 それからは、急速に色々な状態が悪化しました。
 ベッド上で寝返りができなくなり、じょく創ができ、傾眠傾向となられました。
 この段階でご家族に相談させていただいたところ、一日でも長生きして欲しいので
 やはり病院へ入院させたいとのことでした。

 残念ながら、残された時間はあまり長くなさそうでしたので、
 早速病院で入院手続きをしていただいたのですが、
 今まで入院していた外科の病棟に空きが無く、入院待ちとなりました。
 数日後、「空きベッドができたので入院可能」と病院から連絡があったそうですが、
 ご本人が「入院しましょうね」の奥様の問いかけに対して「いやだ」と明確にお答えになったそうです。

 その瞬間にご家族の気持ちが180度変化し、覚悟を決めることができたとのことで
 「入院はさせません、在宅で最後まで看ます」となり、在宅で最期を迎えられることになりました。
 直ぐに訪問看護ステーションとも連絡をとり、連携体制を強化しました。
 幸い軽度の痙攣が一時的におこっただけで、本当に穏やかに、苦しんだり、
 痛がったりされることも無く最期のときをご家族に見守られて迎えられました。

 お亡くなりになったとき、ご家族は「お家で看取れて良かった」とおっしゃってくださいました。
 亡くなる約一週間前まで外食に出かけられ、うなぎを召し上がったとか…。
 イヤだった入院もせず、大好きだった自宅でご家族に囲まれて旅立たれたAさん。
 良かったですね。

  

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