83.一宮寺 〜 86.志度寺

2005年3月21日(月) 41日目
百百家旅館朝食
<写真1 百百家旅館朝食>
・・・八十三番一宮寺へ 6.3km・・・

 3月21日(月)5:40起床。広間に朝食<写真1>を食べに行くとAさんは食べておられ、朝食の準備は二人分だけだった。
 6:25出発しようとしたがおかみさんは出てこられないので玄関のベルを押した。しばらくしておかみさんが出て来られ宿代を支払った。昨夜の夕食のことを尋ねると3名の方々はついに泊まりに来られなかったそうである。つまり無断キャンセルというだ。夕食や部屋などの準備をされ到着を待たれていたことを思うと何とも腹立たしかった。
 おかみさんの傍にはネコがいた。ヒマラヤンとアベシニアン・アメリカンショートヘアの混血だそうで僕にもすり寄ってきた。

 6:32百百家旅館を出発。JR鬼無駅の前を通り遍路道に戻った。あたりはすでに明るいが太陽はまだ姿を見せてはいない。6:40山の端より太陽が姿をあらわした。本津川の永代橋を渡り岩田神社の角を右に曲がった。神社前の木が朝日を受け輝いていた。さらに遍路道を曲がったり折れたりしながら、狭くなったり広くなったりする遍路道をシールや遍路札に沿って歩いた。<写真2>
 7:10香東川に出た。別冊地図によると、ここで一宮寺への遍路道は二手にわかれているが、ここで川を渡る道は「増水のため通行止」との看板があった。渡れそうにも思えたが敢えて行くこともなく、迷いやすい道との情報も得ていたので河川敷<写真3>を歩くことにした。
 河川敷の道は整備され、朝のジョギングや散歩の方も多かった。また橋脚のコンクリート壁でテニスの練習にされていたりサッカーコートなどもあって広い河川敷を有効利用されていた。歩いている途中、地元の方から「三番目の橋を渡るように」とのアドバイスを頂いた。
 アドバイスの通り三番目の橋の手前で堤防に上がり香東大橋を渡った。そこからは交通量の多い車道を東に向かい7:57一宮寺に到着した。

 一宮寺境内<写真4>に入ると本堂と大師堂<写真5>があり、大きな木の向こうに山門があった。どうやら裏から入ったようだ。境内やお堂には地元の方や、白衣姿のお参りの方がおられた。
 僕も本堂と大師堂でお参りをし納経して頂いてから8:16一宮寺を出発した。

     83一宮寺
     
シールや遍路札に沿って
<写真2 シールや遍路札に沿って>
河川敷
<写真3 河川敷>
一宮寺境内
<写真4 一宮寺境内>
一宮寺大師堂
<写真5 一宮寺大師堂>
・・・八十四番屋島寺へ 13.6km 合計19.9km・・・

 ★高松市内★

 一宮寺をあとに高松市街に向かった。すぐ前を女性が歩かれている。ザックを背にされ菅笠をかぶられているが白衣と金剛杖も持たれてない。ちょうどよく見かける団体お遍路さんと逆のパターンだった。
 別冊地図には載っていないようだが、田んぼの中の遍路道<写真6>を歩き国道193号(空港道路)に出て、真っ直ぐ高松市街へと向い上天神町交差点の大きな陸橋<写真7>を渡った。
 9:06御坊川に至り川に沿って右に折れた。琴平電鉄琴平線の踏切を渡りなお川沿いに歩いた。そして道路工事を見ながら高架になっているJR高徳線をくぐり平面交差となっている琴電長尾線の踏切を渡り、さらに御坊川沿いに歩いた。ほとんど流れのない御坊川<写真8>の脇には高層マンションが建ち駐車場などにもなっていた。

 昨夜携帯電話で高速バスを予約したので、ローソン松島町二丁目店のロッピーで高速バスチケットを購入した。なんとも便利な世の中である。ローソンを出て御坊川の下千代橋を10:03に渡り国道11号線を東に向かった。
 国道には大きな建物があるのでいつもは見えないが春日川の新春日川橋や新川の新川大橋からは屋島<写真9>がよく見えた。頂上部はほぼ平坦でお寺の屋根をそのまま取り出し地面に据えたような形で、まさしく屋島だった。
田んぼの中の遍路道
<写真6 田んぼの中の遍路道>
上天神町陸橋にて
<写真7 上天神町陸橋にて>
屋島、新川大橋にて
<写真9 屋島、新川大橋にて>
御坊川
<写真8 御坊川>
歩行者用道路
<写真10 歩行者用道路>
 ★屋島寺へ★

 10:42国道11号線を左折し、琴電志度線かたもと駅横の踏切を渡った。屋島小学校や遍照院を見ながら屋島寺へ車道を上った。僕の少し前を二組の家族連れが歩かれていた。子供達は僕の姿を見て「お化けが来た」とはしゃいでいた。
 11:02車道もここまでで、この先は階段の歩行者用道路<写真10>となっていた。二組の家族連れはベンチで休まれるようなので、はしゃいでいた子供達に手を振って別れを告げた。

 加持水や不喰梨を通過。上から降りて来られる方と多数すれ違った。これから登られる方もおられたが僕のようなお遍路さんは見かけなかった。この屋島への参道はお遍路としてでなくても地元の方々に慣れ親しまれている道なのだと思った。
 参道にほうき<写真11>がところどころ吊されていた。石畳の参道はコンクリートで固められていたがゴミ一つ落ちてなく土や砂もかぶっていない。どなたかが常に清掃されているのだろう。

 11:28屋島寺山門<写真12>に到着した。山上のはずであるが境内は広々としていた。朱色の本堂<写真13>の隣りには、二匹の狸像のある蓑山大明神もあった。本堂と大師堂でお参りをしたあと納経所へ向かった。境内には大勢の方がおられる割には納経所は静かだった。この札所はお参りだけでなく観光で訪れる方も多数おられるのだろう。
 僕のを書いて頂いている時、納経所に入って来られた方が「ここは何番だったかなぁ?」と言われた。納経所の方は「84番。やしまだから」と答えられ「へぇ」と思った。

     84屋島寺
参道のほうき
<写真11 参道のほうき>
屋島寺山門
<写真12 屋島寺山門>
屋島寺本堂
<写真13 屋島寺本堂>
檀ノ浦展望台
<写真14 檀ノ浦展望台>
・・・八十五番八栗寺へ 5.4km 合計25.3km・・・

 納経を済ませ11:47東側のもう一つの山門を出た。お昼となり腹も減ってきたので駐車場の方へ向い「屋島ドライブウェイレストラン」に入った。前払いで食券を購入し「うどん定食」を頂いた。白衣姿の方は稀でほとんどの方は観光の方のようだった。

 昼食後12:11レストランを出発し、血の池を経て檀ノ浦展望台<写真14>に到着した。売店があり瓦なげなどできるようであったが「ホテル甚五郎」は廃業されていたりで寂れた感じがした。
 遍路道はここから急坂<写真15>を下っていた。距離は短いが相当な遍路ころがしで、上から瓦が投げ落ちて来ないかとヒヤヒヤした。ドライブウェイを横断すると前を歩かれている歩きのお遍路さんがおられた。急な下りに難儀されていようようで道を譲って頂いた。さらに下ると左手のお堂に一人のお遍路さんが休まれていた。下りでスピードが乗ってしまっていたので挨拶をしただけになってしまった。

 山をほぼ下りきって遍路道は右に折れ住宅地の中を歩いた。道沿いには鮮やかな黄色い菜の花が咲いていたり、木々の枝では鳥たち<写真16>が日光浴をしていた。市街地や観光地、山道・・・様々な道があるが、ごくありふれた日常の生活道路もおもしろい。ここまで歩き続けてそのことが自分自身でよくわかってきた。
 12:59相引川の高橋を渡り牟礼北小学校正門前で左に折れて上り始めた。途中、大繁盛しているうどんやを通り過ぎ13:22八栗ケーブル下の鳥居<写真17>に到着。いくつかの鳥居をくぐりながら登り、13:40八栗寺山門前に到着。正面には丸いがでこぼこの山が見えた。<写真18>
 本堂<写真19>でお参りをしたあと、先に納経して頂き、大師堂へ向かった。

     85八栗寺     
急坂を下る
<写真15 急坂を下る>
鳥
<写真16 鳥>
八栗ケーブル下の鳥居
<写真17 八栗ケーブル下の鳥居>
八栗寺本堂
<写真19 八栗寺本堂>
八栗寺山門
<写真18 八栗寺山門>
二ツ池
<写真20 二ツ池>
・・・八十六番志度寺へ 6.5km 合計31.8km・・・

 八栗ケーブル山上駅への分岐を13:58通過し八栗寺をあとにした。車道終点では何台も路上駐車されていた。これからお参りに行かれる車やお参りを終えられた車が行き交うが、狭い車道なので対向車に道を譲り合っておられた。左手の山林にはオフロードのバイクコースがありエンジン音がけたたましく鳴り響いていた。
 14:33二ツ池<写真20>に到着。振り返ると八栗寺方面の山が台地状に見え、その奥にたんこぶのような五剣山(八栗山)が見えた。
 平坦な長閑な道を歩いた。収穫を終えたのかこれから芽が出るのかわからないが乾いた土に覆われた畑の片隅で、暖かな春の日射しを背にお二人の男性が語り合っておられた。<写真21>

 14:43琴電志度線の踏切を渡り国道11号線に出て左に折れた。しばらく線路と平行に国道を歩き旧道に入った。そしてもう一度琴電踏切を渡ると左手に五剣山<写真22>が見えた。
 15:15さぬき市に入った。ここは江戸時代の異才、平賀源内の郷里で遺品館などもあった。源内先生は、日本のレオナルド・ダ・ビンチとも呼ばれるマルチ人間で弘法大師空海に通じるものも感じる。当時の世の中にどの程度受け入れられたかは、偉人それぞれであるがどの方にも魅力を感じる。

 15:36志度寺山門前到着。境内には樹木が多く、お堂の場所がわからないほどだったが、その中で五重塔はよく目立った。境内を石畳に沿って奥に進むとお堂前の広場に出た。ここにはたくさんの鳩もいた。<写真23>
 本堂<写真24>と大師堂でお参りをし納経所へ向かった。

     86志度寺     
語り合い
<写真21 語り合い>
五剣山
<写真22 五剣山>
志度寺境内
<写真23 志度寺境内>
志度寺本堂
<写真24 志度寺本堂>
・・・帰路 高速志度バス停へ 1.9km 合計33.7km 累計1124.0km・・・

 志度寺を15:58出発。JR高徳線踏切<写真25>を渡り車道を南に向かった。予約した高速バスの出発まで時間があるので何か食べようと思っているとちょうど道沿いに讃岐うどん処「麺喰」という店があった。
 店に入りきじょうゆうどんを注文しあげをトッピングして醤油とすだちをかけて食べた。すだちの酸っぱさがたまらない。うどんにかけた醤油とすだちもすべて飲み干してしまった。<写真26>

 店を出て歩き出し高松自動車道のところで右に折れ16:38高速志度バス停下に到着した。ここには広い駐車場やトイレ、コミュニティバスのバス停などもあった。<写真27>
 今回はここで”打ち終え”なので白衣や輪袈裟、菅笠を脱ぎ自販機でココアを購入しベンチで休憩した。この日は三連休の最終日で高速バスの予約も盛況のようで、車でここまで送られ高速バス停に向かう若い方々や家族連れも姿もたくさん見られた。

 時間が近づいてきたので自販機でペット茶を購入し僕も高速バス乗り場に向かった。17:06出発予定の高速バスは少し遅れて17:19到着。赤と白の京阪バス<写真28>のトランクに手荷物を積み込み、僕を含めて6人程乗車した。途中、淡路島の室津パーキングエリアでの休憩をはさみ20:28京都駅に到着しJR奈良線にてJR宇治駅を経て帰宅した。

     高速志度バス停     
JR高徳線踏切
<写真25 JR高徳線踏切>
きじょうゆうどんとあげ
<写真26 きじょうゆうどんとあげ>
京阪バス 高速志度にて
<写真28 京阪バス 高速志度にて>
志度バスストップ
<写真27 志度バスストップ>
2005.3.21(月)の会計 金額
百百家旅館
一泊二食
5500円
納経料4寺 1200円
高速バス
高速志度→京都駅
4400円
うどん定食 970円
麺喰、きじょうゆ+あげ 300円
ココア 120円
ペット茶 150円
JR京都駅→宇治駅 230円
12640円
合計 27105円
累計 581781円
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2005年4月16日 記


           
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