番外編
     by 小川洋子


  忘れもしないあの日・・・。

  本当にこのまま子供たちと一緒に行っちゃっていいのかな…。
 ふっと、時々そう思ったものの、話のはずみは恐ろしいほどの勢いで私たち家族を
 ルンドへと運んでいってしまいました。

 そして、あの忘れもしないあの日がやってくるのです…。

 主人は本やら資料やらたくさんの荷物をかかえていました。
 はるなは一日分の着替えと歌のカセットをつめこんだリュックを背負い
 カセットプレーヤーを片手に持っていました。

 みちるは、お気に入りのマグマグ
 (知っていますかコップと哺乳瓶が合体したようなのです)をくわえていました。
 巨大な口角炎(心労のためです、もちろん)も痛々しい私は、
 紙おしめでパンパンのバッグを肩に日本を離れました。

 私にとって生まれて2回目の海外でした。
 飛行機は夕方伊丹より出発しました。
 成田、アンカレッジで乗り継ぎ、コペンハーゲンへむかいます。
 ルンドへは8時間を引き算した翌日の早朝に着く予定です。

 12月に北欧に向かう…、たぶんそんな人はそう多くいないだろうと思っていましたが、
 エコノミークラスは日本の背広を着てアタッシュケースを持ったビジネスマン達で満席でした。
 せまい機内で私たちはとっても「場違い」な異分子でした。

 夜だから娘たちはずっと寝ていくだろうと私は思っていたのですが、
 「甘かった!」「とってもとっても大誤算!」
 見送りですっかり興奮していた二人は気が高ぶったまま機内へ
 知らないおじさん達に囲まれて−狭いわけのわからない空間にとじこめられ−
 ゴーという大きな音がして−
 そのうちに真っ暗になって−

 「えっー」ここはどこ?!

 私たちはどうなるの?!

 不安と恐怖がはちきれて、泣く、わめく、ぐずるの大パニック!
 お気に入りの絵本もおもちゃも通用しない。
 いっしょに飛行機に乗っていた方、本当にごめんなさい。大変ご迷惑をおかけしました。

 だいて、歩いて寝かせようか−あっだめ−ベルト着用のサインが出ている。
 明るくしてよ−それもできない。

 「どうしたらよいの!!」状態でひたすら時計とにらめっこ。
 
「あと○時間すれば終わること。がまんしよう。がんばろう。」

  周りの人には申し訳なくって、
 娘達にはかわいそうで、私はつらくて…。
 今振り返っても、私の人生のなかで
 一番長くてつらい時間でした。
 きっと娘にも(おぼえていればですが)
 主人にとっても同じ思いがあることだと思います。

 でも、このパニックの中、
 このどうしようもない時間を乗り切って
 スウェーデンに着くことができたら、
 「これからの二年間スウェーデンで何が
 あっても起こっても過ごしていけるぞ」と
 不思議と闘志が湧いてきました。

 朝のはずなのに真っ暗なコペンハーゲンの
 
空港に着いた私は、みちるをだっこし、
 片手にバッグを持ち、
 片手にはるなを連れてそう思ったのでした。