第九回 はるなの歯が…。


  甘いものやデザートの食べ過ぎでしょうか?
  はるなの歯が、歯ぐきがはれてきました。
  物をかむと痛がります。これはいよいよ「歯医者さん」を受診しなければなりません。
  そういえば歯医者さんはどこにあるんだろう…?街を歩いても歯医者さんらしきところは見あたらず、
  そういえばお医者さんらしきところもありません。
  さて、どこで、どうやって治療してもらうことができるでしょうか…。

  スウェーデンの医療システムは日本とかなり違っていました。
  私は「大阪医科大学第一内科」に所属し「ルンド大学胸部外科」に勉強に来ました。
  病院の規模、性格等々は当然似かよっているものと思っていたのですが…。
  ルンド大学病院は名前の通りもちろん大学病院です。でも日本の大学病院とはちょっと違いました。
  なぜって、「外来診療」がないのです。日本でも今は特定機能病院とかは紹介型をとって
  「紹介状がなければ診察できない」とか、「特別な加算で料金が高くなる」とか有るようです。
  しかし、そんな中途半端なことではなく「基本的に外来診療をしない」のです。

 大学病院はスウェーデンの医療システムの頂点に君臨し、
  おいそれとかかれないのです。
  病気になると原則的にはまずは地域の、
  それでも治らなければ次はエリアのセントラルホスピタル、
  それ以上の診療が必要なときは大学病院へという
  段階を経なければなりません。
  自分の判断、希望では大学病院にはかかれないようになっています。
  従って、スウェーデンの大学病院はすっきり機能的に動いています。

  どこかの大学病院のように
  患者さんでごった返しているわけでもありませんし…。


ルンド大学のある病棟

  そもそも、大学病院や国立病院、日赤や市民病院といった基幹病院に「風邪をひいた」とか
  「おなかが痛い」程度のことでかかるのは、お互いのためによくありません。 
  病院の医者(数年前までの私も含めてです。)はそんな一般的な病気を診るために
  診療をしている意識はありません。ですから「3時間待ちの1分診療」になってしまうのです。
  患者さん側からすれば「こんなに待ってろくに診察もしない」となりますし、
  医者側からは「こんな事で大きな病院に来るなんて…」となります。
  お互いにストレスがいっぱい貯まります。こんな時こそ、「かかりつけ医」が大事なのです。
  何でも相談できて、自分の専門以外のことは、医者の目で見た専門の医療機関や
  先生を紹介してくださる。そんな、患者さん離れの良い「かかりつけ医」を持ってください。

  話がずいぶんずれてしまいましたので、軌道修正!
  でも、良いことばかりではありません。スウェーデンで大学病院にかかるまでに
  時間がかかると言うことは、進行の早い病気や、一刻を争うようなときには「手遅れ」に
   なることもあるようです。実際に我が家のお友達のご家族(もちろんスウェーデンにお住いです。)が
  昨年「おなかの痛み」で受診されました。診察したドクターは「たぶん胃潰瘍ではないか。」
  との診断で投薬をしました。でも症状は改善せず、
  再診したところ「ではお薬を増やしましょう。」となったようです。
  それでも症状は思わしくなく「では胃カメラの検査をしましょう。」となり
  予約をしたが3ヶ月待ち?!とのことです。
  その間ずっと「胃潰瘍なのか、そうでないのか、そうでないとすれば今の投薬でよいのか…」と
  不安はつのるばかりだったのです。
  日本ならおそらく数日の内に「胃カメラ」をされていたのではないでしょうか?
  だって、潰瘍で3ヶ月も待ったら普通は適正な投薬がされれば治ってしまいます。
  潰瘍なら良いけれど、ガンだったらどうします?!

  さてさて、歯医者さんもしかりでした。まず自分の居住地の指定された
  デンタルオフィスへ出向き患部のチェックを受けるのです。
  そこで街中にある小児歯科に治療に行く許可を受けるのでした。
  このようにして遠い道のりでしたが、ようやく歯医者に連れて行きました。
  受付で「ヘイ」(これが普通の挨拶です。)と声をかけ、事情を説明しました。
  すると、例によって「パーソナルナンバー」を聞かれます。
  それをコンピューターに打ち込むと…。
  あーら不思議、私たち家族が登録されているではありませんか。
  これで、スウェーデン人と同様に保険診療が受けられるのです。

  早速、はるなは診察台にあげられました。診察の結果…。
  (1)いっぱい悪い歯があること。(2)言葉が十分に通じなくて診察や治療がしずらいこと。
  (3)永久歯が生えてくる時にその悪い歯が影響を与えてはいけないこと。等を説明されたようです。
  いわゆるインフォームドコンセントです。
  言葉が通じずに不利になってはいけないので、通訳をつけることができる事も説明があったそうです。

  「治療はここの施設ではなく大学病院で行う。」と言う話になったので、
  家内が「主人はルンド大学病院でシュラー博士とともにペースメーカーの仕事をしている。」と
  言ったところ「ではもう少し聞きたいことはご主人に連絡する。」と言われたとのこと…。
  何を聞かれるのやら?!

  数日して電話がかかってきました。大学病院の歯科からです。早速歯科に出かけました。
  すると、担当医の女性は(名前は忘れてしまいました悪しからず)
  「悪い歯がいっぱいあるので抜歯をしなければならない。
  そうでないと今後生えてくる永久歯に影響がでると困るから。」とのこと。
  聞いていたので容易に理解できました。
  つづいて、「言葉が通じにくいのと本数が多いので全身麻酔をかけて7本抜歯する。」と言われました。
  「???」我が耳を疑いました。歯を抜くのに全身麻酔?一度に7本の抜歯?
  何もかも私の常識を越えていました。早々に家に帰って家内と相談。
  覚悟を決めて治療を受けることになりました。当日は私もシュラーに報告し休みをもらい、
  家内とはるなとともに大学の歯科に行きました。
  みちるはお友達の家族に事情を話して預かってもらいました。

  入ってゆくと、「ここで待っていてください。」とはるなは奥の診察室へ…。
  はるなも心細かったと思いますが、家内と私も本当に心細かったのです。
  でも担当医は「お茶でも飲んできて。1時間くらいして帰ってきてくれたら終わっていると思うわ。」と
  にっこり。お茶を飲みに行ったかって?いいえ、いいえ、心配でずっと廊下で二人座っていました。

  終わって、まだ麻酔が十分に覚めていない、はるなとご対面。びっくりしました。
  本当に歯がないんです。これでものが食べられるんだろうか?
  育ち盛りの子に歯がなくて、成長に支障がでたらどうすんの?と真剣に思ったのですが、
  なんのなんの、はるなは立派に何でも食べました。

  ルンドは小さな大学町です。その時の担当医の先生と時々出会うことがありました。
  その度彼女は「ヘイ」とはるなに、にっこりと挨拶してくれましたが、
  はるなはグッと口をつむって、みちるのベビーカーの陰に隠れ彼女が通り過ぎるまで
  「お地蔵さん」のようになっていました。それから永久歯が生えてくるまでの数年間を
  はるなはその状態で元気いっぱい過ごしました。

  後で気がついたのですが、そんなにたくさんの乳歯を抜くと「絶対に矯正治療」が必要になるのです。
  スウェーデンでは矯正治療も保険診療で負担なくできるんです。日本では矯正は自費になります。
  そこに落とし穴がありました。はるなが矯正が必要になるのは、日本に帰ってからだったんですもの。
     
      
歯の無くなった はるなちゃん