第四十五回  "Can you stand?"


      
  ●1月28日(日)14時5分
  マルメの市庁舎広場です。
  日曜の昼下がりの街の中心部なのに
  この人の少なさ、信じられますか?!
   
座っていて
"Can you stand?"って聞かれたら、
あなたならどうしますか?
…私は、思わず立ち上がろうとしてしまいました。

場所はスウェーデン、ルンドにある歯科センター。
初めての診察の時、
私の歯を削っている手を休めて、
ペトレ(その日から長いお付き合いになった
歯医者さんです)に、ブルーグレーの目で
見つめられ、そう言われた私は
「なんでこんな時に"立って"
なんて言うんだろう?」
と思いつつも、口を開けたままで
立ち上がろうとしてしまったのです。

もちろん、ペトレは、ものすごく驚きました。
その時のペトレの顔が今でも浮かぶくらいです。
横にいたスタッフのお姉さんが、
急いで私の肩を押さえました。
私だって驚きましたよ。そんな二人の反応に。
"えっ、なんで?って。"


      
  
●この写真と下の写真は同じ場所で撮りました。
  ちなみに上が1月6日で下は3月25日撮影です。
異文化コミュニケーションという言葉が、
今は盛んに使われていて、とても楽しいイメージで
広まってきていますが、異文化コミュニケーション
って、とっても思いがけない事も起こります。
時にはそれが、ほろ苦い想い出にも
なってしまいます。

初めての場所で、初めての事に出会った時、
"異文化"という不思議なパワーで
「なんか変だな」と思っても聞き返したり、
確かめたりせずに「ああ、ここではこうなんだ」
とか「ここではこう言うんだ」と思いこんでしまう
ことがあります。私のこの日の出来事は、
まさにそうでした。

直ぐに彼は、違う言い方で、
ストレートに「痛くないか?」「我慢できるか?」と
聞き直してくれました。
状況から言って、それなら解る。
でも、確かに彼は"stand"と言ったのです。

       
  
●撮影場所は「裏のカラスの森」です。
  同じ場所でも2ヶ月でこんなに風景が変わります。
痛みと戦いながら何日も悩んで、
しかたなく一大決心をして出向いた歯医者さんでの、
それもよりによって、初めての診察での
このアクシデントに
「とっても恥ずかしいことをしてしまった」
という思いが一杯になって、
かなりの深さで私は落ち込みました。

家に帰ってからも、
ずっとその時のことが頭から離れずに、
へこみっぱなしでした。
それでも、時間がたつと
「なんで"stand"ががまんなんだ?
そんな意味、習ったことも聞いたこともない、
きっとペトレが間違ってるんだ」などという
気も起こってきてドキドキしながら辞書を
引いてみることにしたのです。

お手元に英和辞典のある方、
チョッと"stand"を引いてみてください。
私の期待はむなしくはずれ、
たくさんある語彙の最後の方に確かに
"がまんする"と載っていました。

習ったことも、聞いたことも無かったのに、
あったのです…そういう言い方はあるみたいなのです。
次の予約の日まで、ショックはしばらく続きましたし、
歯医者さんは私にとって前より
よけいに行きたくない場所になってしまいました。
(でも、その後は楽しく?通院したのですよ!ご安心を)

       
  ●こちらも上の写真と下の写真は同じ場所です。
  1月6日に撮影した「大聖堂横の広場です。」

日本人とスウェーデン人、
お互いネイティブでない者同士での英語を使っての
異文化コミュニケーションには、色んな事がありました。
ネイティブでない分、お互いが解り合おうという姿勢で
臨むので、私のような初心者にとっては
ラッキーだったかもしれません。

そして、経験を積むことはステキです。
実力というよりも、即戦力が確かにつくのです。
心も強くたくましくなれます。
はじめは、「えっ」と思うような聞き覚えのない言葉も、
次に聞くと「ふーん」とか「そうそう」と思うようになり、
そしていつの間にか、他の人に話す時に
自分が使ったりしています。

そして、そのパターンはドンドン増えます。
スウェーデンの人がよく使う単語とか熟語、
言い回しはうつります。スウェーデンにいた時、
イギリスに旅行に行ってヒースロー空港の係官と
会話した主人が「あんたの英語はスウェーデン語の
アクセントだ」と言われて苦笑いしていたことも
思い出します。


    
  
●3月26日の「大聖堂横の広場」です。
  この写真では小さくてよくわからないですが、
  地面にたくさん  花が咲いています。
中学生になって英語を習い始めた頃、
外国語に堪能な人のことを「あの人は耳が良い」
という言い方をするのを知って、
何でだろうと思ったのですが、スウェーデンで
生活してみて"なるほど、こういう事なのね"
とひらめいて納得したことを思い出しています。

その後、私の歯の治療はとても順調にすすみました。
それでも、あれ以来ペトレは決して私には
"stand?"という聞き方はしませんでした。
もう、立ち上がったりしなかったのにね!

また、次の機会にはスウェーデンの歯医者さんは
どんなところだったかお話ししますね。