第三十五回  "Yoko、あなたは将来何になるの?"


 オープンハウスで子供たちが勝手に遊んでいる間やバンティメのお迎え時間など、
  お母さんたちが集まると、にぎやかなおしゃべりの華がさきます。
  これは、日本もルンドもいっしょです。
  そんな時、スウェーデン語の話せない私はどうしていたかって?
  よく覚えていないって事は、あまりさみしい思いや、いやな思いはしていなかったのかしら…。

  コーラスのように聞こえる彼女たちの会話がうすうす解ってうれしかったり、
  英語バージョンで仲間に入れてもらったり、だれかとゆっくり話し込んだりしていました。
  いくつか印象的だった事をお話ししますね。

  ママさんたちのおしゃべりの輪に入れないのは
  言葉についていけない私や、育児休暇中のパパさんたち。
  そんなパパさんが、よく私の相手をしてくれました。
  パパさんたちといっても私のような
  オープンハウスの常連のパパに出会ったのは2年間で2人だけでした。

  そのうち1人は「リン」のパパ。5人目の赤ちゃんのための育休中でした。
  彼はイギリス人。奥さんは現役のSASのスチュワーデスさん。
  彼とは、スウェーデン、イギリス、日本の比較文化論?でよく楽しみました。

  もう一人は、残念ながら名前は忘れてしまいましたが、
  2児のパパで学生さん…とはいっても年齢は30歳を超えていました。
  話を聞けば2人ともこの育休中は炊事、洗濯、育児なんでもしているといいます。
  赤ちゃんや子供との接し方もとても自然。
  子供に対する彼らの立ちふるまい、
  何気ないしぐさは私にとって今で見たことのない光景でしたが、
  少しも抵抗なくなんだかとってもいい感じがしました。
  彼らからはいろいろなことを教えてもらいました。

  当時(10年も前になりますので現在は違うかもしれません悪しからず)
  自分の将来の年金をもらうためには、男性も女性も若いうちに働いている
  実績が必要であること。[だから、女の人も平等にほとんどの人が働いている]

  育児休暇は男性、女性どちらでも取れて、
  その期間は本給のほとんど(7〜8割だった気がします)がもらえて、
  期間終了後は必ず復職できること。
  [だから当然カップルのうち(結婚している人たちは半分くらいとのこと)
  収入の少ない方が育休をとる]

  そんなわけで、彼らが育休をとったのは
  精神論からではなく"どちらか一方"の選択の時に、
  経済的な理由から合理的に役割分担をした結果だと言うことでした。
  そして、「母親が育休をとっているカップルだって同じ理由からだよ」
  とあっさり言われて、さらに驚きました。
  なんて軽やかなタッチで生活スタイルを選んでいるんだと。

      
  
    ●春、近隣の大学合同の
         超有名な大学祭があります
また、ちょっと違うタイプだったソーラのママ。
2人目の赤ちゃんの産休中。
ジーパン、トレーナー、
そしてノーメイクの「ラフ」なママさんの多い中、
ビシッとした服装とお化粧とメガネで
どこか違う感じのオーラが出ていました。

ちょっと近づきにくかったのですが、
ある日声をかけてくれました。
「Yoko、私職場に戻ることになったの。
今日でお別れなのよ。
プライベートのダーグママ
(子守さんのことです)が見つかったの。
育休は彼も私も取らないわ。
キャリアには育休はマイナスだから。」 

ふーん そうなんだ。
そういわれれば、何人もの子供達を
連れてきている人たちがいました。
ソーラのご両親のような選択をしている
カップルも多かったのでしょう。
というわけで、
ほんの数回ご一緒しただけでしたが、
彼女は忘れられない一人です。

  そしてエリッキャのママ。彼女は4人目の赤ちゃんを産んだところでした。
  年はとっても若そうで、ボッチャリとした童顔でしたが、貫禄たっぷりのパワフルなママでした。
  いつもニッコリとアイコンタクトを送ってくれていた彼女がある日、そばに寄ってきてこう聞きました。

  「Yoko、あなたは将来何になるの?」
  確かに英語でそう聞かれたのです。
  全く普通に小さい子供に「大きくなったら何になるの?」という感じで…。
  でも…「えっ?私?…ふつうのおばあさん…?」

  彼女の質問の意図するところが解らず、
  答えに困っていると彼女は自分の事を楽しそうに話し始めました。
  彼女は高校を卒業してすぐ彼とくらし始めたこと。次々と子供が生まれたこと。
  自分はずっと映画を作る仕事をしたいと思っていること。
  一番下の赤ちゃんの手がはなれたら、
  映画関係の専門学校へ行く準備をしていること。
  そして、将来は映画を作る仕事につくつもりだと言うこと…などなど。
  そこで、私にも聞いてくれたわけです。「あなたは何になるの?」と。

  30歳を過ぎて、家族がいての私には、
  この彼女の問いかけと彼女の話はとっても衝撃的でした。
  あれから10年、帰国する時、大きな胸にムギュとハグしてくれて
  "Good Luck"と言ってくれた彼女の夢はかなっている頃でしょうか。

  それからもう一人。
  名前はどうしても思い出せないのですが、
  一人のママさんに聞かれました。

  「Yoko、Tadashiが働いてきたお金は全部あなたがもらうの?」

  その時、何気なく答えてしまった私の「もちろんよ」に
  彼女は過剰に反応してしまって、話す話す。
  「やっぱり本当だったんだ。次に生まれてくる時は、
  私は絶対に日本の女性になろうと決めているの。
  前にテレビで見たのだけれど、日本の奥さんは、家にいて、
  夫が働いてもらってくるお金を全部渡されて、
  彼女が彼にその中の少しだけをお小遣いにあげるんだって。
  本当だったのね。こんなにすてきな話はないじゃない。
  Yokoあなたはラッキーだわ。」とすごいテンションでした。

  うーん、そうかなー…。
  「でも結婚しても子供ができても、
  バリバリ社会で仕事をし続ける事ができる
  スウェーデンの女性をとってもうらやましいと思っている
  日本の女の人もたくさんいるよ。」と彼女に伝えると
  「私たちは自分のために働かなくてはならないのよ」との答。
  そうだったのかと、お互いに相手の生活をみる意識の違いに
  気づいて驚いたのを思い出します。

  と、こんなふうに日々の何気ない生活の中で
  私の目からはウロコがポロリポロリと何枚も落ちていきました。
  当時は数々のカルチャーショックを自己分析、
  吸収するので精一杯で何とも思っていなかったのですが、
  こうして振り返ると、彼らの方は私の話をいったい
  どんな風に感じていたのだろうと、今になって少々気になる私です。

     
  ●4年に1度の大学祭は
  この年はルンドで行われました。
  まるでディズニーランドのようでした。
  パレード開始前からみんな大興奮!
●私にはめちゃくちゃな
どんちゃん騒ぎに見えましたが、
どの大学もなかなかスマートな
社会風刺を掲げていたそうです。
(後から聞いたアナさんの話)
●たった2年しかいないのに
このパレードを見られるなんて、
なんてラッキーなの!」
とおばちゃまたちに言われて期待度UP!