第三十三回  「私と娘のことば事情」
 さて、今度の留学記には何を書こうかな〜と思っていた先日、
 スウェーデン人の児童文学者のリンドグレーンさんの訃報を知りました。
 長靴下のピッピシリーズやロッタちゃんのシリーズの作者です。

 これらの本はスウェーデンでもとってもポピュラーで、実は私の「スウェーデン語のテキスト」でした。
 それで、家庭教師の「アナちゃん」(大家さんの奥さんの「アナさん」とは別人です)に来てもらって
 スウェーデン語を教えてもらっていた事を思い出しました。
 そこで、今回と次回で私と娘達のことば事情をお話する事にしました。



      

小川家のことば模様
 私たち家族はどこにいても日本語
 セベリン一家と主人と私は英語
 セベリン一家とはるなとみちるはユーゴスラビア語(子供達はどの外国語も話せないのだから、
 自分達は一番ナチュラルなユーゴスラビア語で話すとはじめに宣言されました。)

 主人は病院ではスタッフとは英語、患者さんたちとは英語または通訳付きのスウェーデン語。
 はるなやみちるは、バンティメやオープンハウスではスウェーデン語
 私はどこへ行っても、みなさんの好意に支えられた英語


     ●見にくいですが、これが「ユーゴスラビア語」です。

みなさんは、スウェーデン語や
ユーゴスラビア語って言われて、
その言葉の調べがうかんできますか?

正直、私たち家族にとっては、
それらはスウェーデンに行って
初めて出合った言葉でした。
全く聞いたことも出した事もない音
(息を吸いながら発音するなんて、
日本語では考えられないでしょう?
(でもそんな発音もあります)
が重なってできた不思議なリズムでした。

母音は「あ」「い」「う」「え」「お」の5つだ
と思っていましたが、違うんです。
アルファベットも上に丸がついた
文字もあって…
見たこともないアルファベットがありました。
(ピッピの画像を参照ください。)

スウェーデン語は1つ1つは
ソフトな音であるけれど、文節が長く
まるでジェットコースターのように、
一気に高音部と低音部を流れるような
リズムが続くのです。
最初の頃は予想外のタイミングで
入る息継ぎの仕方が何とも印象的でした。

対照的にユーゴスラビア語は濁音が多くて、
単語間の区切れが良くて、
語尾に強い音が多いため、
しっかりしたとても力強いことば
という感じがしました。

いずれにしても、限られた時間で1から
日常会話レベルまで習得するのは
かなり大変な事だと聞いたとたんに
容易に想像がつきました。
けれども生活が一段落ち着いて、
知り合いの人が増えてくると、
もっと解りたい、もっと伝えたい
という思いから、ことばによる
「欲求不満」と「ストレス」が
どんどん大きくなってきます。

同時に何とかしたい、
なんとかしなければとプレッシャーも
どんどん大きくなって行くのです。

                   

                              はるなの巻

●「ベーベービタラム」だけは上手に歌えます。
ご機嫌でバンティメに通い始めていた
はるなも2ヶ月目に「爆発」しました。
「なんで私はスウェーデン語が話せないのよ」
からはじまった不満は、
「何で私をこんなところへ連れてきたのよ」
にエスカレート!

大騒動になりました。
(うんうん、無理もない。
言われている事はだいたい解っても、
いや解るからよけいに、
言いたい事が言えないイライラ…
はるなの気持ちは良く解る)
私はすっかりうろたえてしまいました。

主人はそんなはるなに苦し紛れに言いました。
「お前は日本人、
スウェーデン語がしゃべれないのは当たり前だろ。
言いたくって言えないことがあったら
日本語で堂々と言って来い。」
とアドバイス。
なんだかこのアドバイス、
彼女にとっては大当たりでした。

次のバンティメに、
ドキドキしてはるなを迎えに行った私に
クリステル(バンティメの先生)が走り寄って来て
とっても興奮して教えてくれました。
「今日、はるなが男の子とけんかしたのよ!」
「どっちが勝ったと思う?!」
「もちろん、はるなよ。
顔色が変わったと思ったら
機関銃のような日本語で
男の子達をノックアウトよ!
男の子たち目を白黒させていたわ。」
そして、その後ろの方から、
スッキリとさわやかな顔をしたはるなが登場しました。
    「ママ、今日パパに言われたとおりやっちゃった。」
今でも、その時の光景を思い出せます。
「はるな、よくやった!」という気分でした。

クリステルからは、これがきっかけで、
はるなはどんどん積極的に
自分のことをアピールするようになった
と聞きました。その後もはるなは
スウェーデン語とユーゴスラビア語の
ボキャブラリーをどんどん増やし、
彼女の世界を明るく楽しく広げていきました。
もう「けんか」だってできます。
いざとなったら、日本語がありますから。

そんな、はるなの様子は、
家族みんなを明るくしました。
私も主人も、ほっとしたり、
先を越されてしまった!!とあせったり。
主人も何やら日々病院で修行をつんでいる様子。
(数字が聞き取れるようになっています)

私はといえば…そんな二人に刺激され…
言葉の壁によじ登るために
「できること」を見つけることからまずはじめました。
そんな「洋子の巻」は
また次回お話したいと思います。

P.S.残念な事にはるなは今では
スウェーデン語もユーゴスラビア語も、
ほとんど忘れてしまっています。
「ベーベービタラム」だけは上手に歌えますが…。