やまのい和則のホームページ 福祉


ドイツ介護保険の導入以後

 やまのいは世界や日本の老人ホームや福祉現場を回ってきました。「なぜ、日本の高齢者福祉は遅れているのか?」という疑問を解きたかったからです。
 その答えはズバリ。日本の老人ホームは人手が少なすぎるから。欧米の半分以下です。欧米の老人ホームでは、介護職員がお年寄りの横に座って、もっとゆったり介護をしています。しかし、日本の老人ホームや老人病院では、職員の方々が走り回っているのです。
 日本の老人ホームの職員さんの勤勉さとやさしさは世界一だと私は確信しています。しかし、厚生省の基準で、入居者:介護職員=約4:1です。この割合を3:1に、さらには2:1にしない限り、十分なケアはできないでしょう。

 グループホームにしても、ポイントは人手が多く、お年寄りのペースに合わせた世話ができることです。21世紀の日本の高齢者福祉の善し悪しは、人手を増やせるかどうかにかかっていると言っても過言ではないでしょう。
 しかし、介護職員を大幅に増やすためのお金を誰がどのように負担するのか。これは財源の問題である。国民の中にも、「高齢者福祉が充実するなら、負担が増えてもよい」という考えが多いようです。しかし、実際には消費税のように、負担が増えてもそれが福祉に使われる保証がないから、負担増に反対する人が多いのです。
 そんな中で登場したのが公的介護保険。この公的介護保険は使い道がハッキリしているので、国民の賛成も比較的得やすいといえます。

〜ドイツの公的介護保険〜
 「老いた木は植え替えてはならない」
 これは、ドイツのある福祉団体が出している介護保険のパンフレットの裏表紙にある言葉です。老いた木は植え替えると、新しい土になじめず枯れてしまいます。同じように、人間も年老いてから居場所を変えるのは良くない、住み慣れた自宅で暮らせるほうが良いという意味です。この言葉が、まさにドイツの公的介護保険の理念なのです。
 ドイツでは、病院に長期入院するお年寄り、老人ホームに入るお年寄りが急激に増えてきました。その大きな原因は、家族だけに在宅介護の重荷を負わせているからでした。在宅介護を強力にバックアップし、施設・病院中心の介護対策を在宅重視に転換するのが、公的介護保険の目的です。
 内容は、ドイツの公的介護保険の通りなので、ここでは述べませんが、私が関心を持ったのは、ドイツ人が公的介護保険に対してどんな感想を持っているかでした。そこで、いろんな人々に聞いて回ってみました。

〜公的介護保険は誰の味方か?〜
 まず一番この保険を喜んだのは、疾病金庫でした。疾病金庫とは医療保険を担当している、日本の健康保険組合に似たものです。このまま病院で社会的入院の高齢者を抱えこみ、介護を医療が肩代わりし続ければ、疾病金庫がパンクしてしまうところでした。
 2番目に喜んだのは、地方自治体。地方自治体の生活保護の財源がパンクしかかっていたのです。ドイツでは、老人ホーム入居者の7〜8割が生活保護で、その対象者が増えています(詳しくは後述)。このままでは、地方自治体の福祉財源がパンクしそうでした。
 日本の公的介護保険と若干違って、ドイツの保険は半分国民、残り半分を企業が負担するだけなので、地方自治体にとってこの保険はタダに近いものがあります。

〜在宅給付の7〜8割が現金給付〜
 在宅で介護している家族も公的介護保険を歓迎しました。公的介護保険の在宅給付は、介護サービスか介護手当かを選ぶことができます。
 ドイツでは約4000カ所ある在宅介護支援センター(social station)が在宅福祉サービスの拠点となっています。在宅介護支援センターの多くは民間の福祉団体の運営で、ここから配食サービスや訪問看護、ホームヘルプを行っています。
 弱点は、夜間や週末の介護サービスが十分に提供できないことです。公的介護保険が導入されても、ホームヘルパーが大幅に不足しているため、需要に応じるのは難しいようです。
 介護サービスの不足を補うために、在宅介護ビジネスが雨後の竹の子のように増えています。新たな市場、金儲けのチャンスができたので、シルバービジネスも公的介護保険を大歓迎しました。

 このような在宅介護サービスの不足や、女性の失業率の高さが背景となって、在宅給付では7〜8割が介護サービスでなく、介護手当を選ぶ結果となりました。
 今まで、介護する家族は無償か、非常に安いお金で介護をしていました。ところが公的介護保険が入り、4月から介護の必要度に応じて、家族に対しても月に5〜13万円くらい介護手当がもらえるようになりました。おまけに介護する家族が年金にも自動的に加入でき、その際、腰痛になっても労災が適用されます。年4週間の長期休暇がとれ、そのあいだは代理のヘルパーが来てくれます。

 ただし、日本では、公的介護保険では現物サービスが中心です。これは、介護手当によりお年寄りの生活の質がどれほどアップするかが不明だからです。とはいえ、本来の意味から考えると、現物サービス中心でないと介護保険は意味がないと思います。
 在宅で介護を受けている高齢者本人に何人か出会いましたが、感想はうまく聞けませんでした。というのは、すでに介護が必要になっているお年寄りは、公的介護保険という新しい制度を理解できないケースが多いからです。

〜老人ホームにとって介護保険とは?〜
 ドイツでは、老人ホーム入居者の8〜9割が生活保護を受けています。生活保護を受ける前には、子どももかなりのお金を出さないと駄目。家族の負担が減るので、老人ホーム入居者の家族はこの保険を喜びました。
 老人ホーム入居者にも何人かインタビューしましたが、弱っている人が多く関心は低かったです。しかし、頭のしっかりしている入居者の中には、次のように喜んでいる人もいました。
 チュービンゲン市(ドイツ南部)の老人ホームに住んでいるハネローネさん(75歳)は、「そりゃ、助かるわよ。公的介護保険ができれば、胸を張って老人ホームに住み続けられるからね」と話してくれました。

 日本では、行政から措置費が出ているため、老人ホームの利用料は平均月4万円くらいです。しかし、ドイツでは公的老人ホームでも全額自己負担であり、月額約5000マルク(1マルク=約70円とすると35万円!)くらい。年金の平均月額の2倍以上の高額です。
 老人ホームに対する給付はこのときは始まっていませんでした。ハネローネさんが住む老人ホームのチョイリン施設長は、「これからは、ケアプランを作ってきっちりせねばならない。介護保険を払う疾病金庫からのチェックがきつくなるだろう。介護保険が導入されて、在宅福祉が充実すれば、本当に重度の人しか老人ホームに入れなくなる」と言いました。

 一般の市民の感想は「税金から来るお金が保険から来るようになっただけで、大した違いはない。問題の解決にはならない」という声が半分くらい。もう半分くらいが「介護を必要とするお年寄りが増えるから、介護保険は仕方ない」という答えでした。「負担が増えてイヤ」という声はあまり聞こえませんでした。
 一番この保険を嫌がったのは一般の企業。企業としては、介護保険の保険料を労働者と折半で払わないと駄目で負担が増えるので、大反対しました。

〜ドイツ人と日本人の共通点〜
 ドイツでの感想は、企業以外は大きな反対意見はあまりありませんでした。それは「長期間の無償の介護は、家族といえども限界がある」というドイツ国民全体の危機感からのものだと思います。
 しかし、「山火事を水鉄砲で消すようなもので、問題の解決にはならない」「詳しい内容がまだわからないのが不安」という声はよく聞きました。

 問題点も明らかになりつつあります。介護ニーズの判定が難しく、給付開始になっても在宅給付が始まらないこと。100%公的介護保険で費用をカバーできるわけではなく、介護を受ける際にもある程度の利用料を負担せねばならないこと。さらにホームヘルパーなどの人材養成が追いつかず、現物サービスよりも介護手当がメインになりそうといったこと等々、問題点も少なくないようです。

 ドイツと日本では根本的に制度が異なるので、ドイツの例を日本に簡単に輸入することはできません。しかし、両国の共通点は、負担についての意識です。両国民とも、使い道がハッキリしない増税に対してアレルギーが強い。ドイツ人は基本的に保険好きで、税金を嫌います。ですから「増税はゼッタイ嫌だけど、介護保険は仕方がない」という声が多かったです。
 北欧では、医療も介護も税金でやっています。これは、人口もケタ違いに少なく、税金の使い道もガラス張りで政治への信頼が高いから可能なのです。しかし、ドイツや日本は大国である上、政治への信頼も北欧に比べて低いところがあります。
 こんな違いがあるので、北欧と違って、ドイツや日本では医療を保険で肩代わりすることになっています。そしてまた、そういう観点から公的介護保険がとらえられていると感じました。

 このコーナに関してのご感想、ご意見、ご要望などがありましたら
やまのい事務所までお願いいたします。

●「介護保険」のメニューに戻る
●福祉に戻る