「身体拘束ゼロ シンポジュム」
厚生労働省 配布資料 より


身体拘束は本当になくせないのか

 身体拘束については介護現場を含めてさまざまな固定観念があり、それが廃止への取組みを阻害していないだろうか。その代表的なものは「身体拘束は本人の安全確保のために必要である」「スタッフ不足などから身体拘束廃止は不可能である」といった考え方がある。しかし、こうした考え方は、介護現場での実践の積み重ねにより、おおくのは誤解を含んだものであることが明らかになってきている。
(1)身体拘束は安全確保のために本当に必要なのか

 身体拘束を廃止できない理由として、しばしばあげられる「本人の転倒・転落事故を防ぐ必要がある」ということを考えてみよう。

 身体拘束による事故防止の効果は必ずしも明らかでなく、逆に、身体拘束によって無理に立ち上がろうとして車いすごと転倒したり、ベッド柵を乗り越え転落するなど事故の危険性が高まることが報告されている。そして、何よりも問題なのは、身体拘束によって本人の筋力は確実に低下し、その結果、体を動かすことすらできない寝たきり状態になってしまうことである。つまり、仮に身体拘束によって転倒が減ったとしても、それは転倒を防止しているのではなく、本人を転倒すらできない状態にまで追い込んでいるということではないだろうか。

 事故は防ぐ必要がある。しかし、その方法は身体拘束しかないのだろうか。

 まず第一は、転倒や転落を引き起こす原因を分析し、それを未然に防止するように努めることである。例えば、夜間俳掴による転倒の危険性のある場合には、適度な連動によって昼夜逆転の生活リズムを改善することで夜間俳掴そのものが減少する場合も多い。

 第二は、事故を防止する環境づくりである。例えば、入所者の動線にそって手すりをつける、足元に物を置かない、車いすを改善する、ベッドを低くするなどの工夫によって、転倒・転落の危険性は相当程度低下することが明らかになっている。

(2)身体拘束の廃止は不可能なのか

 また、身体拘束を廃止できない理由として「スタッフの不足」をあげる意見もよく聞く。しかし、現実には現行の介護体制で身体拘束を廃止している施設や病院も多い。そうした介護現場では、食事の時間帯を長くすることで各人のペースで食べられるようにして自力で食べられる人を増やす、トイレ誘導を行いオムツを減らす、シーツ交換作業に時間がかからないようなシーツの改善などさまざまな工夫によってケアの方法を改善し、身体拘束廃止を実現しているのである。逆に、基準を上回る介護体制にありながら、身体拘束を行っているところが少なくないのも事実である。

 確かに介護現場からいえば、人手は多ければ多い方がよい。しかし、まず何よりも重要なことは、「人手不足」を身体拘束を廃止できない理由とする前にどのような介護をめざすのかを具体的に明らかにし、身体拘束廃止に果敢に立ち向かう決意を施設の責任者・職員全体で行うことである。

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身体拘束廃止に向けてまずなすべきこと

五つの方針

 身体拘束を廃止するkとは決して容易ではない。看護・介護スタッフだけでなく、施設や病院全体が、そして本人やその家族も含め全員が強い意志をもって取り組む事が何よりも大事である。身体拘束廃止に向けて重要なのは、まず以下の五つの方針を確かなものにする事である。
(1)トップが決意し、施設や病院が一丸となって取り組む

 組織のトップである施設長や病院長、そして看護・介護部長等の責任者が「身体拘束廃止」を決意し、現場をバックアップする方針を徹底することがまず重要である。それによって現場のスタッフは不安が解消され、安心して取り組むことが可能となる。さらに、事故やトラブルが生じた際にトップが責任を引き受ける姿勢も必要である。一部のスタッフや病棟が廃止に向けて一生懸命取り組んでも、他の人や病棟が身体拘束をするのでは、現場は混乱し、効果はあがらない。施設や病院の全員が一丸となって取り組むことが大切である。このため、例えば、施設長をトップとして、医師、看護・介護職員、事務職員など全部門をカバーする「身体拘束廃止委員会」を設置するなど、施設・病院全体で身体拘束廃止に向けて現場をバックアップする態勢を整えることが考えられる。

(2)みんなで議論し、共通の意識をもつ

 この問題は、個人それぞれの意識の問題でもある。身体拘束の弊害をしっかり認識し、どうすれば廃止できるかを、トップも含めてスタッフ間で十分に議論し、みんなで問題意識を共有していく努力が求められる。その際に最も大事なのは「入所者(利用者)中心」という考え方である。中には消極的になっている人もいるかもしれないが、そうした人も一緒に実践することによって理解が進むのが常である。本人や家族の理解も不可欠である。特に家族に対しては、ミーティングの機会を設け、身体拘束に対する基本的な考え方や転倒等事故の防止策や対応方針を十分説明し、理解と協力を得なければならない。

(3)まず、身体拘束を必要としない状態の実現をめざす

 まず、個々の高齢者についてもう一度心身の状態を正確にアセスメントし、身体拘束を必要としない状態をつくり出す方向を追求していくことが重要である。問題行動がある場合も、そこには何らかの原因があるのであり、その原因を探り、取り除くことが大切である。問題行動の原因は、本人の過去の生活歴等にも関係するが、通常次のようなことが想定される。
  1. スタッフの行為や言葉かけが不適当か、またはその意味が理解できない場合
  2. 自分の意思にそぐわないと感じている場合
  3. 不安や孤独を感じている場合
  4. 身体的な不快や苦痛を感じている場合
  5. 身の危険を感じている場合
  6. 何らかの意思表示をしようとしている場合

 したがって、こうした原因を除去するなどの状況改善に努めることにより、問題行動は解消する方向に向かう。

(4)事故の起きない環境を整備し、柔軟な応援態勢を確保する

 前に述べたように、身体拘束の廃止を側面から支援すろ観点から、転倒等の事故防止対策を併せて講じる必要がある。

 その第一は、転倒や転落などの事故が起きにくい環境づくりである。手すりをつける、足元に物を置かない、ベッドの高さを低くするなどの工夫によって、事故は相当程度防ぐことが可能となる。

 第二は、スタッフ全員で助け合える態勢づくりである。落ち着かない状態にあるなど対応が困難な場合については、日中・夜間・休日を含め施設・病院等のすべてのスタッフが随時応援に入れるような、柔軟性のある態勢を確保することが重要である。

(5)常に代替的な方法を考え、身体拘束するケースは極めて限定的に

 身体拘束せざるを得ない場合についても、本当に代替する方法はないのかを真剣に検討することが求められる。「仕方がない」「どうしようもない」とみなされて拘束されている人はいないか、拘束されている人については「なぜ拘束されているのか」を考え、まず、いかに拘束を解除するかを検討することから始める必要がある。

 問題の検討もなく「漫然」と拘束している場合は、直ちに拘束を解除する。また、困難が伴う場合であっても、ケア方法の改善や環境の整備など創意工夫を重ね、解除を実行する。解決方法が得られない場合には、外部の研究会に参加したり、相談窓口を利用し、必要な情報を入手し参考にする。

 介護保険指定基準上「生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合」は身体拘束が認められているが、この例外規定は極めて限定的に考えるべきであり(22頁参照)、すべての場合について身体拘束を廃止していく姿勢を堅持することが重要である。

参考
介護保険指定基準の身体拘束禁止規定

「サービスの提供にあたっては、当該入所者(利用者)又は他の入所者(利用者)等の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き、身体的拘束その他入所者(利用者〉の行動を制限する行為を行ってはならない」

 〈対象)
指定介護老人福祉施設
短期入所生活介護
特定施設入所者生活介護
介護老人保健施設
短期入所療養介護
指定介護療養型医療施設
痴呆対応型共同生活介護

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身体拘束をせずに行うケア

三つの原則

 身体拘束をせずにケアを行うためには、身体拘束を行わざるを得なくなる原因を特定し、その原因を除去するためにケアを見直すことが求められる。そのための3つの原則がと、「介護保険指定基準」で禁止されている身体拘束の具体的な行為ごとに配慮すべきポイントを紹介する。
 こうした取り組みによって、介護保険施設等のケア全体の向上や生活環境の改善が図られていくことが期待される。
(1)身体拘束を誘発する原因を探り、除去する

 身体拘束をやむを得ず行う理由として、次のような状況を防止するために「必要」だといわれることがある。
  • 徘徊や興奮状態での周囲への迷惑行為
  • 転倒のおそれのある不安定な歩行や、点滴の抜去などの危険な行動
  • かきむしりや体をたたき続けるなどの自傷行為
  • 姿勢が崩れ、体位保持が困難であること

 しかし、それらの状況には必ずその人なりの理由や原因があり、ケアする側の関わり方や環境に問題があることも少なくない。したがって、その人なりの理由や原因を徹底的に探り、除去するケアが必要であり、そうすれば身体拘束を行う必要もなくなるのである。

(2)五つの基本的ケアを徹底する

 そのためには、まず、基本的なケアを十分に行い、生活のリズムを整えることが重要である。
@起きる、
A食べる、
B排せつする、
C清潔にする、
D活動する(アクティビテイ)

という五つの基本的事項について、その人に合った十分なケアを徹底することである。

 例えば、「B排せつする」ことについては、
ア.自分で排せつできる、
イ.声かけ、見守りがあれば排せつできる、
ウ.尿意、便意はあるが、部分的に介助が必要、
エ.ほとんど自分で排せつできない

といった基本的な状態と、その他の状態のアセスメントを行いつつ、それを基に個人ごとの適切なケアを検討する。

 こうした基本的事項について、入所者一人ひとりの状態に合わせた適切なケアを行うことが重要である。また、これらのケアを行う場合には、一人ひとりを見守り、接し、触れ合う機会を増やし、伝えたくてもうまく伝えられない気持ちやサインを受け止め、不安や不快、孤独を少しでも緩和していくことが求められる。

(3)身体拘束廃止をきっかけに「よりよいケア」の実現を 
 このように身体拘束の廃止を実現していく取り組みは、介護保険施設等におけるケア全体の向上や生活環境の改善のきっかけとなりうる。「身体拘束廃止」を最終ゴールとせず、身体拘束を廃止していく過程で提起されたさまざまな課題を真摯に受け止め、より良いケアの実現に取り組んでいくことが期待される。また、身体拘束禁止規定の対象になっていない行為でも、例えば「言葉による拘束」など、虐待的な行為があってはならないことはいうまでもない。

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参考
五つの基本的ケア

 以下の五つの基本的なケアを実行する事により、点滴をしなければならない状況や、転倒しやすい状況を作らないようにすることが重要である。

1 起きる
 人間は座っているとき、重量が上からかかることにより覚醒する。目が開き、耳が聞こえ、自分の周囲で起こっていることがわかるようになる。これは仰天していたのではわからない。起きるのを助けることは人間らしさを追及する第一歩である。

2 食べる
 人にとって食べることは楽しみや生きがいであり、脱水予防、感染予防にもなり、点滴や経管栄養が不要になる。食べることはケアの基本である。

3 排せつする
 なるべくトイレで排せつしてもらうことを基本に考える。オムツを使用している人については、随時交換が重要である。オムツに排せつ物がついたままになっていると気持ち悪く、「おむついじり」などの行為につながることになる。

4 清潔にする
 きちんと風呂に入ることが基本である。皮膚が不潔なことがかゆみの原因になり、そのために大声を出したり、夜眠れずに不穏になったりすることになる。皮膚をきれいにしておけば、本人も快適になり、また、周囲も世話しやすくなり、人間関係も良好になる。

5 活動する(アクティビティ)
 その人の状態や生活歴に合ったよい刺激を提供することが重要である。具体的には、音楽、工芸、園芸、ゲーム、体操、家事、ペット、テレビなどが考えられる。言葉によるよい刺激もあれば、言葉以外の刺激もあるが、いずれにせよ、その人らしさを追及するうえで、心地よい刺激が必要である。

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