「高齢者の無念を晴らす」のが使命 |
このインタビュー記事 は、新潟県長寿社会振興財団・新潟県高齢者総合相談センター 発行の総合情報誌と、財団法人 茨城わくわく財団 発行の総合情報誌に掲載されたものをタイプしたものです。発行は、1999年10月号です。 |
介護問題のスペシャリスト 山井和則さん 彼、山井和則さんに初めて会ったのは平成7年2月のこと。 文・久貝真澄 |
介護問題は、心意気や優しさの 久しぶりにあった彼は、地域の消防団の訓練でのどを痛め声をからしてはいたが、介護問題を語る熱血ぶりは相変わらずで、感極まって声を詰まらすこともあった。 大学、大学院で生物化学を専攻、その後松下政経塾に入り、本格的に福祉の勉強を始める。松下幸之助の教えは、「本読んでもあかん。現場で勉強せな」だった。高齢者福祉の勉強をするなら老人ホームで働いて、お年寄りと羽田で接しなければならない。そんな思いで、イギリス、スウェーデン、デンマーク、米国、シンガポール、バングラデッシュの六カ国を訪ね、福祉施設に住み込むなどして八ヶ月間働いた。さらに、松下政経塾卒後、スウェーデンに二年間留学、老人福祉施設で介護を肌で学んだ。 そこで目にした光景は驚き以外の何者でもなかった。日本なら寝たきりになっているような人が、街の中を車いすで散歩している。痴ほう症のお年寄りが、お化粧をしたり、おしょれをしている。お年寄りをベッドに寝かせきりにしていない。 一方、日本のお嫁さんほど献身的に介護している人は、世界中どこにもいない。施設の寮母さんも、いちばん忙しく働いている。それにもかかわらず、日本のお年寄りは悲惨な状態にある。床ずれができ、足は曲がり、五年、十年と寝たきりになる。もし、家族が頑張るだけでお年寄りが幸せになるのなら、」日本は世界でいちばん寝たきりが少ないはずだ。が、現状は違う。「介護の問題は、心意気や優しさの次元では解決できん。制度の問題なんや」そう。強く思った。 「福祉天国」は絵に描いたもち。 山井さんは介護現場で、「家に帰りたい」との願いもかなわず、ベッドに縛られたまま亡くなっていったお年寄りの姿を何度も目にしてきた。「そういう人たちの無念を晴らしたい。それは、お年寄りの切なる叫びを聞いたものの使命だと思う」 文通していた寝たきりのおばあさんからこんな手紙をもらった。奈良女子大学の講師(国家公務員)になったときだ。 「出世、おめでとう。でも、山井さんが少しずつ遠ざかっていくような気がします」「新しい本読みました。スウェーデンは福祉天国。でも、山井さんが書いていることは絵に描いたもちです。私の住んでいるところには、そんな福祉はありません」 これで、ノックアウトされた。大学で教えることも大切だが、介護疲れで倒れそうなお嫁さんや、今日明日の命のお年寄りを助けることに直結する仕事がしたい。そういう思いを抑えることはできなかった。やむにやまれぬ思いで大学をやめ、政治の道を歩き始めた。痴ほう症や寝たきりのお年寄りの切なる声を政治に反映させるために。 「自分の親をもっと大事にせい」と 八歳の時だった。それまで二十年間寝たきりだった祖母が亡くなった。「おばあちゃんが寝ていると思ったら、ある日急に死んでしまった。それで、何でもう二、三日前に言うてくれへんかったんやて、親に言うたんです。わかってたら、おばあちゃんともうちょっと話ができたのに、優しい言葉の一つもかけられへんかった」 この経験を通して、彼の中には人生や社会に対する疑問が生じた。「人間は、最後はみんな寝たきりになるんかな。世の中がどんなに豊かになっても、最後が寝たきりやったら本当に豊かとは違うんやないか」 寝たきり死を目前にした人がたくさんいる。そういう人たちの役に立つ生き方がしたい。大学院時代、」両親は息子のそんな思いを知り大反対した。「和則、いつからキリストみたいなことを言うようになったんや。和則は庶民の子や。福祉というのはお金持ちのすることや。半人前の学生が、人のために生きたいというのは十年早い」 その後、福祉について本を書いたり、講演をするようになっても、両親はなかなか認めてくれなかった。「偉そうなことを言う前に、自分の親をもっと大事にせい。だいたい日本中の長男が親孝行するようになったら、福祉なんかいらないのや」 だが、介護の現場て感じたのは、長男が親孝行でも寝たきりが防げるわけではないということだった。 「どんなに家族が頑張っても、介護問題は解決できない。根本的に解決するためには、福祉制度を変え介護を社会化する必要がある」こうして彼は、介護保険の早期導入を一貫して主張してきた。 早急な「介護保険難民」対策が必要 今、介護保険の延期論がくすぶるなか、「お年寄りは一日も待てない」と延期論を批判。介護保険導入によって生じる様々な投入を主張している。 主張の一つは、いわゆる「介護保険難民」のための高齢者住宅の整備だ。今年(1999年)十月から要介護認定が始まるが、症状が軽いために今まで利用していた介護サービスが受けられなくなる人がでてくる。「特別養護老人ホームの入居者が深刻です。ついの住みかだと思っていたのに、五年以内に出てくださいと言われる人が一万七千人ぐらい。行き場を失った介護保険難民です。この人達のために、高齢者住宅を五年以内に整備する必要があります」 もう一つは、痴呆性高齢者向けのグループホームの緊急整備だ。グループホームは痴ほう症対策に極めて有効だとして、介護保険のメニューにも入っている。「それなのに、グループホームは現在、全国に百ヶ所ほどしかないのです。これでは、希望してもほとんど利用できません。少なくとも、一万ヶ所、八万人分を緊急に整備すべきです」 介護保険の導入によって、さまざまな混乱が当然起こるだろう。だからといって、介護保険の延期や見直しが容認されてよいわけがない。「介護が必要な人がもれなくサービスを受けられるようにしなければ、介護地獄を解消することはできない。介護保険導入は必要不可欠、待ったなしです」 そんな思いを熱く語る彼は、まぶしいほどに輝いている。 |