これは、2000年2月6日号「週刊読売」の記事、やまのいのコメントが書かれています。


「グループホームは幻?」

痴呆ケアの切り札のはず?

 高齢者介護の中でも難しいのが痴呆ケア。その切り札とされるのがグループホームだ。ところが、その整備は遅々として進まず、150万人いる痴呆のお年寄りにとって、グループホームに入るのは「宝くじに当たるより難しい」という。4月にスタートする公的介護保険制度のサービスメニューにも取り入れられているグループホームだが、このままでは“幻のサービス”になりかなない。

「居心地が良い」と、落ち着く・・・

 「えー,写真?今、入れ歯はずしちゃってるから、いやよ」
 97歳のA子さんが顔をしかめると、83載のB男さんが
「あの人、今日は機嫌が悪いから、勘弁してやってね」と、とりなしてくれる。

 ここは横浜市港北区の痴呆性高齢者向けグループホーム「オクセン」。
9人の痴呆のお年寄りが、常勤4人、非常勤人のスタッフのサポートを得て、共同生活している。

 今でこそ、穏やかな表情を見せる入居者たちだが、もとからそうだったわけではない。
 B男さんは97年1月の開設と同時に、特別養護老人ホームから移ってきた。特養ホームでは4人部屋に入っていたが、窓から顔を出して「助けてくれ」と叫ぶなどの問題行動が多く、特養側から「他の入居者の迷惑にもなり、もう面倒を見られない」と、退所を求められるほどだった。

 オクセンを開設した福島医師が話す。

 「特養など大人数の施設では、痴呆の方は他の入所者やスタッフの顔を覚えきれない。同じような部屋ばかりで、どれが自分の部屋かもわからないし、個室でないから落ち着けない。混乱や不安が高まって、症状が一層悪化してしまう場合が多いんです」

 オクセンは、3階建てのビルを改装し、1階に食堂、2階に浴室と共同居間、3階に入居者それぞれの個室を配置している。

 個室は約6畳のフローリング。家具や身の回り品の持ち込みは自由だ。カーペットを敷いて昔から愛用している鏡台を置いた女性もいれば、ベットに本棚だけという男性もいる。

 オクセンには、「何時に何をしなければならない」という決まりはない。
食事の時間は決まっているが「ご飯出来たよ」と声をかけて「お腹すいていない」と言われれば「じゃ、後でね」。

 部屋の雰囲気も生活ぶりも「家庭の延長」を目指しているのだ。

 ホーム長の福島厚子さんが言う。

 「もちろん、食べないのを放っておく訳にはいきませんから、実際には“いいにおいがするから、食堂に行ってみない?”とか、うまく誘導するんですけど。配ぜんや洗濯干しなどの作業も、出来るだけ手伝ってもらうようにしていますが、強制はしません。強制されたり、せかされたりすると、混乱してしまいますから」

 頼まなくても、戸締まりの確認を自分の仕事と決めて毎日やってくれる男性もいる。そうすることで、ここが自分の居場所だと確認できて落ち着くようだという。

 B男さんも、時につじつまの合わないことを言ったりするが、今では「ここは意心地がいい」と、穏やかに過ごしている。

 

最適ケアも「採算とれず」では

   痴呆ケアの「切り札」といわれるグループホーム。

 4月にスタートする公的介護保険のサービスメニューにも取り入れられ、厚生省もその整備を急いでいる。

 痴呆のお年寄りを家庭で介護するのは難しい。

 痴呆の介護は、排泄や入浴の介助など身体的な介護だけなく、どこかに行ってしまわないか、危険なことをしないかと、見守ることが基本だ。
24時間365日、目が離せない。とても家庭だけでは無理だ。
 また、
 「家族は痴呆になる前の状態を知っていますから、つい“どうしてこんなことができないの”と、せかしたり、つらくあたったりしがち。
 また、おかしな事を言うと“そうじゃないでしょう”とわからせようとする。
 あるいは、かえって手間がかかると、本人には何もやらせず周りで全部やってしまう。
 痴呆の方は、自尊心や役割意識はむしろ強いので、こうした家族の対応が混乱や不安を招いて症状を悪化させてしまうケースを、いくつも見てきました」と、やまのい高齢社会研究所の
山井和則所長。

 かといって、大規模な施設では、オクセンのB男さんのように「ここはどこ?」と混乱し、徘徊など問題行動が激しくなりやすい。
 それをケアできるだけの数のスタッフもいない。

 グループホームは、家庭でもなく施設でもない介護形態として、1980年代にスウェーデンで生まれ、日本では93年に第1号が誕生した。
 運営主体の多くは市民団体や社会福祉法人、医療法人などで、軽度から中度の痴呆性高齢者5〜9人が住み、専門の介護スタッフと共に、家庭的な雰囲気の中で共同生活を送る。
 本人の興味や能力に応じて、家事もこなし、趣味も楽しむ。グループホ−ムが痴呆によって最適なケアということは、行政も含めて高齢者介護に携わる人々の一致した見方だ。

 だからこそ、介護保険のメニューにも取り入れられたのだが
 「保険あって介護なし」の典型になりそうなのも、現実だ。

 現在、痴呆の高齢者は150万人と見込まれている。これに対してグループホームは98年度末時点で103ヶ所。1ヶ所の定員が9人としても927人分だ。今年度末までに新たに600ヶ所整備することが予算化されているが、整備の実績の集計はまだで、実際にいくつになるかは不明。しかも

 「事業化したものも、始めたばかりのところが多いでしょうから、4月までにオープンできるかどうかは・・・・」(厚生省)

 はっきり言って、全然増えそうもないのだ。

 なぜ、グループホームが増えないのか。介護サービス業車などが口をそろえていう理由は簡単「採算がとれない」。

 

保険適用難しい既存ホームも

   厚生省はこのほど、介護保険から介護サービス提供事業者に、支払うサービスの公定価格である「介護報酬単価」案をまとめた。この中で、グループホームは1人当たり平均月額25万2000円となった。

 全戸国痴呆性高齢者グループホーム連絡協議会の代表幹事も務める前出の福島医師は
 「オクセンは、今一人あたり月額約25万円の国と市からの補助金と、月額12万3000円の利用者負担で運営しています。介護保険導入後は補助金が介護報酬に切り替わりますが、運営費だけみれば、今回提案された介護報酬でやっていけないことはない。しかし、夜勤体制を組もうとすれば赤字です。しかも、建築や改装などの施設整備費の減価償却や、職員の給与アップや退職金のための積み立てなどを考えたら、まったく採算がとれない」。

 これでは、地価や人件費の高い都心部では特に、新規参入は難しい。国の施設整備費補助制度もあるが、対象が限定されていて、参入にははずみをつけるには至らない。

  新規参入が増えないわけではない。すでに実績を上げているグループホームさえも、介護保険の適用を受けられるとは限らないという問題が生じている。

 厚生省は、12月にグループホームの指定基準を改定したが、このなかで、全入居者に個室を確保することが定められた。

 ところが、最近のグループホームの中には、古い民家を改造したものも多く、内部はふすまや障子で仕切られているだけで、個室がとりにくい。

 埼玉県浦和市の「たのし家」と同与野市の「うれし家」の二つのグループホームでは、これまでカーテンで部屋を仕切って個室として使用してきた。しかし、このままだと基準からはずれ、介護保険の適用は受けられない。

 「これまで一人あたり月額で25万円の補助金と利用者負担18万円で何とかやってきたが、保険の適用が受けられなかったら全額利用者に負担してもらうしかなくなります。そんなわけにはいかないので、個室が撮れる引っ越し先をやっとみつけたところです。その改造などにも1800万円かかるんですよ。それでも4月の介護保険導入には間に合わないから、初めの2ヶ月くらいは適用外で、利用者負担30万円でお願いすることになります。完全な個室だと不安になるから、カーテンの方がいいという方も多かったのに・・・・」

 と、両ホームを運営する生活介護ネットワークの西村美智代代表。

 

“厳しい規制”もけっこうだが・・・

   グループホームを「もうかる商売」にしないのも、さまざまな規制を設けるのも、厚生省としては「悪徳業者の参入を排除するため」だ。

 「介護報酬を低く抑えたり、規制を厳しくしたりでは、いい業者も入ってこなくて、グループホームは増えない。介護保険のメニューにあっても“幻のサービス”です。悪徳業者 の排除は、倫理網領の策定や立ち入り調査の実施などで行うべき事です」(山井所長) 保険料を払う代わりに、必要になれば自分でサービスを選べるというのが介護保険のうたい文句。痴呆のお年寄りをかかえる家族らの間では、「身体が不自由なお年寄りに比べ、要介護認定で軽く判定されがち」などと、ただでさえ介護保険への不満が強い。その上、グループホームを選びたくても実際にはいるのが「宝くじにあたるより難しい」のでは「介護保険の看板に偽りあり」ということになりかねない・(林 真奈美)


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