家族への現金給付は毒入りまんじゅう
                    99年10月26日

 「子が親を介護する美風をないがしろにすることは許さない」という亀井静香自民党政調会長の発言から、「介護手当」論争が再び浮上した。
 自民、自由、公 明3党の合意には、在宅で介護しながら、介護サービスを受けていない家族に対し、一人当り2〜3万円の介護手当を支給するという内容が含まれている。

 そもそも「介護手当」は介護保険制度の構想段階から大きな争点であった。しかし2年半に渡る議論の末、4月からの制度では「介護手当」は支給しないことに なった。
 国会で介護保険法が可決された時(1996年12月)に、すでに決着済みの ことなのである。
 国会の決定を今さら変更するのはさすがに難しいと判断したた めか、「介護手当」には、介護保険とは別枠で、新たに「一般財源」を充てると いう。
 市町村が現在、要介護のお年寄りや家族に対して、月額数千円程度の支給 をしている「介護見舞金」制度に上乗せするつもりなのだろうか。

 「介護サービス給付」だけでなく「介護手当」が加わることによって、一見、 選択肢が増えるようにみえる。
 献身的に介護する家族に手当が支給されることは 素晴らしいことのようにもみえる。
 ところが現時点では、この「介護手当」は “毒入りまんじゅう”といわざるをえない。おいしそうだけれど、一度食べてし まうとお腹が痛くなる。つまり、「介護手当」は、今まで4月スタートを目標に 準備してきた介護保険制度の根幹を崩しかねないのである。その理由を4点述べ てみたい。


 まず第一に、「介護手当」では、寝たきり予防や自立支援などの政策効果がみ えないのは既に明らかである。
 自治体では「介護見舞金」「介護激励金」の名称 で現金給付が行われている。給付額はまちまちであるが、たとえば大阪と東京を 比較すると給付額には約10倍の違いがある。しかし給付額が高いからといって、 東京には寝たきり者が少ないということはない。
 現金給付の特徴は、別に介護に 使われなくてもよいことにあり、介護保険の目指すところの寝たきり予防や自立 支援に使われるとは限らない。

 「介護手当」には一般財源を充てるとのことだが、この投資はフローとなり、 ストックにならない。もしそれだけの財源が確保できるなら、今、早急にしなけれ ばならないことはサービス基盤の整備のはずである。たとえば、痴呆性老人向け のグループホームは介護保険のメニューに入っているのにもかかわらず、全国に まだ100ケ所程度しかないのである。


 第二に、在宅サービスの拡充に奔走してきた市町村ははしごを外されることになる。
 「保険あってサービスなし」とならないように、全国の市町村はサービス の基盤整備を進めてきた。現金給付があれば、このような努力はしなくてすむ。
 「うちの町にはサービスがありません。介護手当を受けて、家族でがんばってく ださい」という言い訳が成り立つ。
 「介護手当」は努力していない市町村に助け 舟を出すことになる。このようなことを繰り返せば、市町村は今後国の方針を信 用できなくなり、介護保険準備にも水をさすことになる。


 第三に、低所得のお年寄りは「介護手当」を選ぶだろう。
 介護サービスの利用 料金の一割自己負担は、低所得者の家計には大きくひびく。介護の現場では、こ れがサービス利用の歯止めになるのではと懸念が高まっているが、「介護手当」 はこの流れに一層の拍車をかけることになる。これは本当の選択の自由とはいえ ない。
 介護保険の施行が目前になった今では、低所得のお年寄りも、必要な分だ けのサービスを使えるような施策を講じることが急務なのである。


 第四に、「介護手当」は介護ビジネスにも悪影響を与える。
 介護手当を選び、家族だけによる介護が続けば、介護ビジネスのマーケットも広がらない。
 在宅福祉3サービスのホームヘルプ、デイサービス、ショートステイの利用は相対的に増えているが、その中で、ホームヘルプの利用はやや伸び悩んでいる。「家に他人をいれたくない」という意識の強い地域もまだ多い。
 しかし、家族ができるこ とと専門家の介護は違う。介護のプロであるヘルパーが直接介護にあたることによって、お年寄りの自立心を引き出すことにつながる。
 介護の現場では、「どんどんホームヘルプを使いましょう」と働き掛けてきた。しかし「介護手当」は介護サービスの外部化にも歯止めをかけてしまう。


 以上述べてきた4つの理由からみても、現時点での「介護手当」は国民の選択 肢を増やすというよりは、マイナス面が多く、サービスの基盤整備を遅らせるだ けである。
 
いま「介護手当」を導入することは、日本の介護政策を10年遅 らせる。

やまのい和則 99/10/26午後7時


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