安心して年をとれる地域づくり
〜介護保険の導入を控えて〜
やまのい高齢社会研究所 所長 山井和則 99/10/16

 

◆なぜ日本には寝たきりの人が多いのか
松下政経塾で老人福祉の研究

 松下政経塾に入り老人福祉の研究を始めた私は、27歳の時に初めて老人ホームに実習に行きました。本を読むより、実際に勉強しなければだめだと思ったのです。寝たきりのお年寄りや痴呆症のお年寄りと出会い、ふれあう中で、「これは大変やなぁ。」と実感しました。その後3年間にわたり、イギリス、アメリカ、スウェーデン、デンマークの老人ホームで働きながら勉強しました。

イギリスと日本

 イギリスに行って私はびっくりしました。寝たきりのお年寄りが少ないのです。アメリカは日本の5分の1、ヨーロッパは日本の8分の1の割合です。裏返せば、日本はアメリカの5倍、ヨーロッパの8倍寝たきりのお年寄りが多いことになります。日本は世界一寿命が長いのに、同時に世界一寝たきりのお年寄りが多いのです。では、なぜ日本は寝たきりのお年寄りが世界一多いのでしょうか。

 一つには日本には「恥の文化」というのがあって、寝たきりのお年寄りを外に出そうとしないということが考えられます。私のおばあちゃんも20年間寝たきりでしたが、その間に一歩も外へ出たことがありませんでした。

本人の自覚「寝ている」と「起たい!」

 ところが、イギリスでは、寝たきりのお年寄りが車椅子に乗って散歩に出掛けるのです。私の家でしたら、「寝たきりのおばあちゃんを連れて散歩に出掛けるなんて格好悪い。」と言ったでしょうし、何よりもおばあちゃん本人が「そこまでして人前に行きたない。もう先短いんやから、寝かしといてぇなぁ。」という考え方でした。

 それとは全く反対に、イギリスではお年寄り本人が「寝たきりになったらかなわない。」と考え、私の腕に掴まって必死になってトイレに行こうとしました。そのうえ、イギリスでは周りの人が寝たきりのお年寄りを起こそうとするのです。

◆介護は家族だけではできない

 10月1日から介護保険の認定申請が始まりましたが、いまだに「介護は家族が面倒見ればいいじゃないか。介護保険なんて必要ないじゃないか。」という声を聞きます。
 しかし、10年間老人福祉の研究をして私が気づいたのは、介護している方自身がお年寄りになっているということでした。
 「ホームヘルパーさんをお願いしたらどうですか。」、「デイサービスを利用したらいかがですか。」と勧めてみても、「長年連れ添った家族は自分で介護したい。」と断るのです。
 介護疲れで介護している方が先に亡くなってしまうこともたびたびありました。  

保険は利用しやすい!

 介護保険制度の目的の一つがここにあるのです。病院や医院には罹りやすかったけれども、福祉サービスを利用するというと、何か後ろめたい、恥ずかしいような気持ちがあったのではないでしょうか。それが介護保険の導入により、医療と同じように保険料を払い、保険証を持つことによって、福祉サービスが利用しやすくなるのではないでしょうか。  

◆心のリハビリ

 痴呆症のお年寄りは、「私は今どこにいるのだろう。目の前にいるのは誰だろう。」と思って頭が混乱し、「知り合いがどこにもいない。」と考えて孤独になり、何かをしても失敗することが増えて、生きる意欲や自身を喪失しがちです。

得意分野は残っている!

 しかし、痴呆症になっても全ての能力が失われるのではなくて、最近のことは覚えられないけれど、昔からの得意分野の能力は残っているのです。その残っている能力を発揮すると能への刺激になって、病気は治りはしないけれど、症状が和らいだり、進行が遅くなったりするのです。
 これを「心のリハビリ」といいます。痴呆症のお年寄りに、もう一回生きがいをもってもらうのです。

生きがい作り!

 ただし、痴呆症のお年寄りは家にいると、家族ができるだけ何もさせないようにし、外へ出掛けようとすることも家族に止められます。すると、痴呆症のお年寄りは「もう自分は誰からも必要とされていない。邪魔者なのではないか。」と思い、自身を失って落ち込んでしまい、どんどん痴呆症を悪化させてしまうのです。

 そんな生きる意欲を失ってしまっている痴呆症のお年寄りに「あなたはみんなから必要とされているんですよ。」ということを伝えるのが「心のリハビリ」なのです。どんな薬よりも「生きがい」を取り戻してもらうことが大切です。

◆日本中に「グループホーム」を
一緒に!

 グループホームでは台所と食堂が一緒になっていて、痴呆症のお年寄りがお皿洗いや簡単な料理を手伝えるようになっています。家では何もやることが無く、痴呆症がすすむ一方で、話し相手もいなくて、言葉も失っていた方が、グループホームに来たら、みんなと一緒に料理を作ったり配膳をしたりする中で、どんどん元気になっていきました。

たのしく!

 「痴呆症だから、もう病人なんだ。何にもできないんだ。」と放っておいたら、ますます痴呆症は悪化するのです。残っている能力を生かしていくと、残念ながら痴呆症を治すことはできなくても、目も虚ろだった痴呆症のお年寄りが、笑顔で暮すことは可能になってくるわけです。

小学校区に一つ!

 私は人生の夢を持っています。グループホームを小学校の在る範囲に一つずつ、日本中に作れたらいいなと思っています。全国に2万ヶ所の小学校があるそうですので、グループホームの定員を7.5人平均としたら、2万ヶ所で15万人が利用できます。
 今、痴呆症のお年寄りは日本に156万人いると言われ、65歳以上の人の7%が痴呆症だと推定されています。10人の痴呆症のお年寄りのうち1人はグループホームに生活することができるようになるのです。

ネコも一緒・畑も!

 例えば、「うちのおばあちゃんは猫が好きだから、猫のいるグループホームに入ろう。」とか、「うちのおじいちゃんは農家に育ったから、庭に畑のあるグループホームを選ぼう。」とか、その人の生き方にあったグループホームができればいいなと思います。

地域が変わる!

 また、グループホームがいろいろな地域にできてくると、社会全体の痴呆症のお年寄りを見る目が変わってくると思います。今までは「痴呆症の人は危ないから、近寄らない方がいい。訳が判らないんだから。」と考えていた人々が「痴呆症のお年寄りは優しいし、笑顔も素敵だ。いろいろなことができるんだな。最近のことは覚えられないけど、それはしょうがないな。」というふうに変わってくるのではないでしょうか。
 痴呆症のお年寄りを社会全体があたたかく見ることができるようになると思います。

普通に暮らせる!

 日本という国は世界に冠たる経済大国と言われながら、年をとって体が不自由になったり痴呆症になった人が家にいられなくなったら、今まで行ったこともない遠くの地域の老人ホームに入らなければならないのが実状です。こういう社会は本当に豊かな社会とは言えないと思うのです。

本当に豊かな国!

 21世紀に、日本を本当に豊かでお年寄りを大切にしていく社会にしていく第一歩が、介護保険でもメニューに入っているグループホームを増やすことだと思うのです。
 住宅街に空き地ができたり、公民館が空いていたら、そこをグループホームに変えて、痴呆症や体が弱ったお年寄りを、住み慣れた街で、地域全体で、ボランティアの人も含めて支えていくことのできる、あたたかい社会を作っていく必要があるのではないでしょうか。
 

*グループホーム

 痴呆症で介護を要するお年寄りが、小規模な生活の場(8人程度の少人数グループ単位の共同生活)において食事の支度・掃除・洗濯等のサービスの提供を受け、家庭的で落ち着いた雰囲気の中で、共同して家庭生活を送ることにより、痴呆の進行を遅らせ、家庭の負担の軽減を図る。介護保険法のなかでも、介護給付の在宅サービスのひとつとして位置付けられている。


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