お馬さん紹介Vol.1

まずは、ビワハヤヒデ。
4歳クラシックと呼ばれる、3つの大きなレースがあります。
サラブレッド達は、ここを目指す。

「皐月賞」は早い馬、「ダービー」は運の強い馬
そして「菊花賞」は、強い馬が勝つといわれます。

例年になく、素質の高い馬が多く、特にこの年は3強と言われ、
飛びぬけたこの三頭の戦いになります
クラシック戦線が始まる前から、話題の中心は、
ナリタタイシン、ウイニングチケット、そしてビワハヤヒデ。
その中でビワハヤヒデは、はっきり言って好きな馬じゃなかった。
皐月賞2着。「ナタの切れ味」と言われたナリタタイシンにゴール直前に
差しきられ、ダービーは馬場の良くないインを避けたところを
ウイニングチケットに差される。
「後一歩で」この言葉が付きまとうビワハヤヒデ。
夏は放牧に出ず、栗東で過ごす。
残された一つ、菊花賞へ向けて。

この日、確か京都駅にいた。
そしてその時、確かに皐月賞馬ナリタタイシンを応援していた。
しかし、そこで見たスポーツ新聞のトップ記事、「ビワ」の見出しに、
何やら圧倒的な力の差を感じた。
そして勝つのはビワハヤヒデだ。そう言う予感さえも感じた。
そして、レースは始まる。強い馬が勝つ菊花賞。
ダービー馬さえ、寄せ付けない
「コースレコード」のおまけ付きの圧倒的な力の差を見せ付けた馬が勝った。
このレコードは翌年、ビワハヤヒデの弟「ナリタブライアン」が更新する事になる。
この後、4歳最強から、古馬最強への道を突き進む。
多分このあたりだと思う。ビワハヤヒデが本当に好きになっていったのが。
次に選んだレースは有馬記念。
ここで、ビワハヤヒデは2着に敗れる。
最後の直線、ビワハヤヒデの外から鬼脚で差したあの「トウカイテイオー」が
一着の座をさらった。
トウカイテイオーもドラマチックな馬で、その内紹介したい。
ハヤヒデはこの年の年度代表馬に選ばれる。
年が明け、5歳を迎えたビワハヤヒデ。
京都記念、天皇賞、宝塚記念(日本レコード)、でぶっちぎる。
この頃から頭角をじわじわあらわせてきたナリタブライアンとの
兄弟対決が話題を呼び始める。
秋の天皇賞に向けてオールカマーで足ならしを済ませた後いよいよ
本番へ。
ここまでの成績は15戦10勝2着5回。つまり3着以下になった事がない。
94年10月30日。この日も勝つためにレースに出場する。
負ける要因ないはずだった。
しかし、最後の直線延びない。いや、岡部騎手が追わなかった。
直線カメラが追いつづける。アップで写るビワハヤヒデ。
寂しい目をしていた。
初めて見せたあの時の目。
誰に言っても信じてもらえないあの時の目。
いつまでも忘れられないあの時の目。

ゴールを過ぎるとすぐに岡部騎手はビワハヤヒデから降り
鞍をはずし始めた。
着順なんてどうでもいい。ただ、ケガだけが心配だった。
レース後の診断で、屈腱炎と診断。引退へ。
ダービー馬ウイニングチケットもビワハヤヒデの
引退発表の数時間後、引退発表する。同じく屈腱炎で。
3強のうち2強がターフを去る。
兄弟対決は結局行なわれる事はなかった。
どっちが強かったのか?永久の謎に包まれた。

顔がおっきいって言われつづけたハヤヒデ。
一生懸命走り続けたハヤヒデ。
そして初めて好きになった馬ハヤヒデ。
こんなビワハヤヒデは今、北海道の牧場でのんびり過ごしています。
今年の9月に会いに行こうかな。