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  ある初夏の夜...
僕は駅に着いた...それは10年間目にしたことのない懐かしい風景でだった。
そこには10年前と変わらない駅、バス停、お店が並んでいた。
唯一変わったのは公衆電話くらいである。
僕はこの町を出て、都会で学び、仕事をし、身の振り方を考えるため10年ぶりに実家に戻った。
僕が帰ることを知っているのは僕の家族と旧友1人しかいない。
なのに彼女はそこにいた....
  10年という時の流れは僕らに、どんな溝を作り出したのだろうか。
肩まであった黒髪は、短く栗色に染められ。唇には薄く紅がひかれている。
  それでもあのころと変わらない彼女の笑顔に僕は心底ほっとする。
 僕がこの町を出るときに、とめもせずただひたすら支えてくれた彼女が、
ぐっと涙をこらえていたことを、僕は決して忘れてはいない。
  そう、この10年幾度と無く挫折しそうになった。そんなときに助けてくれたのが
彼女の笑顔である。彼女は心の支えだった。今、僕は確信を持ってそう言える。
  「ただいま。」
  と、僕はやっと切り出した。
夜空に吸い込まれそうな言葉が宙に舞う。
  彼女は「おかえり」とさわやかに言葉を返した。
 僕らはお互い近付き、久々の街をふたりで歩いた。
何て言葉をかけて良いのかわからない。しかし無言の空間の扉を閉じたのは
彼女の何気ない一言だった。
 「あの頃と変わらないね」
  そして僕は静かにうなずいた。
 そう、あの頃と変わってなんかいない、この街も僕の想いも・・・ 
  10年ぶりの地を踏みしめるたびに懐かしさがよみがえって来る。
あの頃、毎日のように一緒に歩いたこの道を今、変わらず彼女と歩く僕がいる。
話したい事はいっぱいあった。でも、何故か黙り込んでしまう。
再び小川のせせらぎと風になびく草の音が支配する。
「覚えてる?」
彼女が立ち止まり、ささやいた。
  彼女が聞いてきたことは、おおよそわかっていた。
きっと、僕がこの街を離れるとき、彼女と交わした約束のことだろう。
そう、僕が彼女と交わした約束・・・
  「今度。今度帰ったら、僕は君に告白する」
搾り出したように、頭の中で何度もこの言葉をなぞりながら、僕は告げた。
ずっと彼女との関係をあいまいに、定義づけなかったのは僕だった。
いつも、そばにいる、支えてくれる、そんな小さなかかわりが普通、しごく常識的な男女の関係を形作るものだと、僕はずっと思っていたのだけれど。

「元気出して」
「あなたならダイジョウブよ」
いつも背中を押してくれる彼女の言葉はもしかしたら恋人の口からでも告げられることなのかもしれないけど、でも僕がはっきり聞かなかったから彼女も知らん顔をしていたのかもしれない。
お互い、すこしこわがりだから。

「アナタのお母さん、すこしやせられたわ」
突然、彼女が立ち止まって言った。
「え」
僕も自分がいきなり現実に戻された気がして、即答できなかった。
「この前、電話したときはなんとも言ってなかったけど」
実際、おふくろと電話をしたのは1週間も前ではない。
「遠くにいるあなたに心配かけたくなかったのよ」
彼女は言った。
『遠く』と言う言葉がずしり、とココロに響いた。
「東京とここ、あんまり変わらないけどなぁ」
と言ってみて、彼女の反応を待った。
よくよくみると、栗色に染められた髪も、東京の女性たちと比べるとずいぶん、おとなしいもので
いわゆる「茶髪」というよりは「少し明るくしてみた」レベルである。
「あ、そうそう」
思い出したように紙袋を彼女に渡した。
「あら、おみやげ?気を使わなくて良いのに」
まんざら社交辞令でもなさそうに、丁寧に彼女はそれを受け取った。